中山道

旅と写真。そしてチベットのこと。

旅 Feel JAPAN 2008 vol.9 長崎〜熊本

2008/11/6(7日目)
長崎〜熊本

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昨日と同じように、平和記念公園の近くの駐車場に車を止めた。
路面電車で昨日見れなかったグラバー園の方へ向った。
路面電車がなんとも言えず好きだ。
街に彩りと風情を与える。

石橋電停で電車を降りるとグラバースカイロードという
長い斜行エレベータを登るとグラバー園の裏手の方の入り口だ。
グラバー園はグラバー商会を設立したトーマス・ブレーク・グラバーが
住んでいた日本最古の木造洋風建築。

グラバー園を順路通りに降りていくと、ちょうど大浦天主堂の入り口へ出る。
大浦天主堂
浦上天主堂と同じくキリシタンが迫害に耐えながらも、
信仰を守り通した場所。
フランス寺とも呼ばれた美しい白の教会。
現存する日本最古のキリスト教建築物。

人は何故自分と違うものを認めないとしないのだろう?

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昼飯は長崎港が見渡せるところで、今度は長崎ちゃんぽん。
本当に麺ばかりだ(笑)

ターミナルへ着き、船のチケットを買うと
雲が広がり、雨が少し降り出してきた。
船に乗り込み、鼓動が高鳴る。

端島。通称、軍艦島。
炭坑を掘り出すためにこの島に人が住み、東京の人口密度の9倍もの高密度で、
アパート、学校、病院などがひしめき合い、今から34年前の1974年に閉山。
それ以来、人は一切住んでおらず、廃墟となっている。
島は建物の崩壊の危険性があるので、現在は立ち入り禁止。
今年から来年にかけて、上陸出来るようになるという話があったけど、
未だメドは立っていないようだ。
軍艦『土佐』にその姿が似ていることから軍艦島と呼ばれる。

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この軍艦島は三菱財閥の所有だったけど、
長崎港には現在も三菱重工の100万トンドックなどがある。
三菱の創業者の岩崎弥太郎は、龍馬が作った海援隊(亀山社中から改称)の
後進として、土佐藩が別に作っていた九十九商会を三菱商会と改称した。
極論になると思うけど、三菱は龍馬が作ったといっても過言じゃないと思う。

時代が時代とはいえ、銃や軍艦で巨万の富を得た。
いつの時代でも戦争は巨大なビジネスとなる。
もちろん、そのことを肯定しているわけではないけど、
日本を変えようとしていたことは事実で、龍馬が好きだ。

長崎を後にし島原へ。
島原から船に乗れば、有明海、島原湾を海岸線沿いに
遠回りすることなく熊本へ行くことが出来る。

夕方の帰宅ラッシュと重なり、車がなかなか進まない。
カーナビの到着予定時間は、実際よりだいぶ遅く表示はされるけど、
渋滞なので、到着予定時間がどんどん遅れ出していた。

ゆーすけ『そんな焦らなくても大丈夫でしょ?』
俺   『へ?結構余裕ないと思うけど』
ゆーすけ『へ?9時じゃなかったっけ?』
俺   『へ?7時だよ。19時!』
ゆーすけ『やべえじゃん!(笑)』
俺   『そう!あと20分しかない!』
    『しかもさ、ターミナルに着いたところで、
     乗船チケット買わないといけないうえに
     車も載せないとダメなんだぜ。
     ギリギリだったら、ルパンみたいに
     勝手に車ごと乗り込むか(笑)』
ゆーすけ『いいね!それ!』

そして、フェリーが出発する10分前にターミナルへ到着。
かなり焦っていたので、ターミナル内の車整列所で逆走してしまった(笑)
こんな気ままな旅で、もう予定があるわけじゃないから、急ぐ必要なんてないのに。
急いでチケットを買って、車ごとフェリーに乗っかる。
結構、ドキドキだ。

船が島原港を出ると、闇で漆黒の海が広がる。
二人で安心してデッキで煙草を燻らしていたが、
寒くなってきたので、中に入ることにした。
テレビを見ていると再来年2010年のNHK大河ドラマは
オリジナルの『龍馬伝』と言っていた。
なんてタイミングが良いんだろう。
しかし、正直言って龍馬を描いたもので『竜馬がゆく』を超えるものはない。
だけど、ちょっとは楽しみだ。

熊本港に到着。
桟橋を渡っていると行きの新潟でのバケツをひっくり返したようなと
いう程ではないけど、かなり強く雨が降ってきた。
温泉に入って一息つくと、熊本トラックステーションへ。
北九州トラックステーションと同じく
トラックだらけでかなりいかつい。
道の駅がベストだけど、市街地にあるところはなかなかない。
おまけに工場地帯なのか、かなり化学薬品臭いなか、眠りについた。

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