
土曜日、アースガーデンのイベントをやっている代々木公園へ。
遅く行ったので、すでにチベタンたちによるライブは終わっていた。
しかし、なんとちょうどステージ上にダライ・ラマ法王日本事務所代表のラクパさんが
『本日はゲストがいらっしゃってます』と言って、ジェツン・ペマさんが登場。
翌日(つまり昨日)講演会で会えると思っていたので、非常に驚いた。
ジェツン・ペマさん(アマラー=チベット語でお母さんの意)は
チベットからやってきた親のいない、あるいはチベットに親がいて会うことが非常に困難など
という子供たちのいわば母親代わり。
ダライ・ラマ法王の実の妹で、スイスや英国で学び、チベット史上初の女性大臣を努めたり、
TCV(チベット子供村)の代表をしていたとってもエライ方なのです。
チベットでは中国政府の圧力により、チベットの言語、文化などの教育を受けることが困難です。
親たちはせめて子供だけでもと5、6千m級のヒマラヤ山脈を越えさせて、ネパール、
あるいはダライ・ラマ法王やアマラーのいるインド・ダラムサラへ送り出します。
そんな子供たちにアマラーと呼ばれ慕われています。
インドではもちろん学校はTCVだけではなくて、
友人のチベタンたちもTCVを出ている人たちだけではありません。
だけど、やっぱりチベタンたちのアマラーなのです。
お話が終わって、友人のツェリンたちとステージ裏へダッシュすると
アマラー(=チベット語でお母さん、ジェツン・ぺマさんは世界中のチベタンから慕われている)
がお帰りになられるところだった。
写真を撮ろうと思っていたら、なかなか撮れず、しかも握手をし損ねた!!残念。
学校を出て、日本に来て大学へ行ったり、働いているチベタンの若者たちがアマラーに会い、
握手をしたり、言葉を交わしたりしているシーンがとても印象的でした。
日本人では有り得ない光景に正直羨ましくも思ってしまいました。
昨日の日曜日は懇親会、講演会の準備をちょっとだけ手伝うことになっていたので昼過ぎに
国立オリンピック記念青少年総合センターに到着。
『精密ドライバーを持って来い』との指令を受けていて、『何するんだろ?』と思っていたら、
講演会で使用する翻訳機の電池交換の為でした(笑)
懇親会では、TCVを卒業した人によるスピーチや、チベタンたちの歌などが催された。
とっても和やかな雰囲気の中で皆食事が出来ました〜。
講演会ではアマラーは教育の話をされていました。
難しい話ではないのです。簡単に言っちゃうと当たり前のお話。
ダライ・ラマ法王にしても、アマラーにしても、とても分かりやすく話されます。
けれども、チベット人社会でもそうだけど、特に今の日本には実践するのは
極めて難しいことなんだろうと感じます。
皆、自分のことを考えることが必死で、他者を思いやるという気持ちをなかなか持てません。
また、持とうと思っていても、それを忘れがちです。
教育とは歴史や数学などを学ぶことなんだけど、それだけではないことがベストだ。
いくら成績が良くても人を殺したり、欺いたりしたら良いわけがないし。
お金がなかったり、仕事がなかったりすれば、日本では生活が出来ないことも
事実なんだけど、一番大切なことなんじゃないかなぁ。
完全に私見で、自分の中でのイメージなのですが、
『思いやり』と『優しさ』というのは違うものだと思っています。
『思いやり』というのは相手のことを考えて、相手が求めている何かをするということで、
『優しさ』というのは自分自身が思っているだけのもので、
相手がそれを『優しさ』とは思うとは限らない。
独善的に陥りやすいというものです。
慈悲の心を持って、『思いやり』のある人間になりたいものですね。
コアスタッフの皆さん、今回関わった全ての皆さん、お疲れ様でした。
ジェツン・ぺマさんは今日は広島で講演だそうです。
そして、今日はダライ・ラマ法王の74歳の誕生日です。
長生きして欲しいなぁ。


昨日は『祈りは武器より美しい』という美しいタイトルのイベントがあった経堂のパクチーハウス東京へ。
もう長いこと小田急沿線に住んでいるのに経堂は初めて行った。
なんか下北沢のゴチャゴチャ感を豪徳寺などを経由してここまで引きずっている感じの街。
まだ準備をしている最中に店に着いてしまい、入り口付近にあった
とあるサングラスを試着していたら主催者であるジャーナリストの野田さんがちょうど来て、
お互いにおもわず二ヤリとしてしまった(笑)
3月にダラムサラで、下痢と熱でフラフラになりながらもルンタレストランに行った時に、
初めて野田さんに会ったのですが、昨日『青白い顔やった(笑)』と数人の前で暴露されました(笑)
以前、野田さんとはダラムサラではくだらないことしか話してないと言ったような気がしますが、
こうやって冗談も交えつつも真面目に話す野田さんには未だギャップがあります(笑)
けど、昨日は野田さんの知らなかった過去の話を聞いて、ちょっとしんみりしてしまいました。
もう一人のジャーナリストの西条さんと2時間以上にわたって、
昨年から今年にかけてのチベットでの悲しい映像、写真や
チベットの美しい風景、愛すべき人々の写真を解説してくれました。
その後の食事ではパクチーモモなんか出てきてビックリ!
パクチーとチベットの見事なコラボレーションでした。
こちらのお店のオーナーさんもユーラシア大陸横断を3回やったりして凄いな。
『旅と平和』という会社の名前もこれまた凄い。
友人や知人も来るかな?と思っていたけど、次から次へと来るわ来るわ(笑)
こちらも東京で出会ったんじゃなくて、ダラムサラで出会ったツェリンも来たりで嬉しかった。
そして、昨日来てくれたチベタン二人のうち、今まで会ったことがなかったチベタンの若者にも会えた。
彼はラサで生まれてインドへ亡命して、またラサへ戻ったらしい。
今は日本人の奥さんと東京に住んでいるみたい。
話は変わりますが、先日発売された旅雑誌『TRANSIT』は今回はヒマラヤ特集。
ネパール、インドのシッキム・ダージリン、ブータン、などなどチベット文化圏が盛り沢山。
『TRANSIT』などや野田さんやいろんな人たちの話を聞いたり、写真を見ていると、
『またどこかへふらりと行きたくなる病』『ヒマラヤに吸い込まれる病』にかかるので
あまり見ないように努めているのですが、やっぱりダメです(笑)
なんか映像載ってるし(笑)
http://www.youtube.com/watch?v=XSPiXd-YKIE&eurl=http%3A%2F%2Fpaxihouse%2Ecom%2Findex%2Ephp&feature=player_embedded
パクチーハウス東京
http://paxihouse.com/

サッカー日本代表、南アフリカワールドカップ出場決定!
最近、欧州リーグもJリーグも日本代表の試合も昔のようには
頻繁には見なくなったのですが、とりあえずワールドカップ出場が決まって良かった。
Jリーグが発足した当時の国際試合は、苦し紛れに打ったシュートが枠にすら飛ばず
明後日の方向に飛んでいき、ゴールの可能性をほとんど感じなかったのに比べて
ずいぶん日本の選手も上手くなったなぁという印象です。
それより強く感じたのはワールドカップもこれで初出場から4大会連続で、
ジョホールバルの歓喜と呼ばれた初出場を決めた瞬間より、
選手たちが喜んではいるものの喜びを爆発させるという感じではなかったことです。
いつの間にか、すでにワールドカップ出場は夢ではなく目標になっていて、
出場を決めることも通過点に過ぎないことを選手のコメントの端々から感じます。
だけど、そういう自分も12年前はガッツポーズをして、弟と家中を走り回ったのに、
今日は冷静に画面を眺めていました(笑)
4年前のチームと比べてプレー内容がうんぬんより
インタビューにキチンと受け答え出来ているなぁと、
前のチームはボソボソ話したり、ぶっきらぼうに話す選手が実に多かった。
出場出来ないことが当たり前だった時代から、
出場が当たり前と思ってしまう時代で、今から4年後以降がちょっと恐い気もするけど。。
日本の選手が上手くなった、強くなったといってもこのチームが
目標に掲げるワールドカップベスト4というのはさすがに難しい。
でも、ヤット(遠藤)や中澤には頑張ってもらいたい。
彼ら好きなんだよなぁ。
でも、日本代表より、今、ダラムサラのTCVのグラウンドでやっているという
チベタンVSダラムサラ警察の試合の方が見たい!(笑)

昨日は1989年の天安門からちょうど20年です。
ダライ・ラマ法王・天安門学生民主化運動20周年声明
http://www.dalailama.com/news.383.htm
天安門学生民主化運動20周年を迎えるにあたり、
まず、私は他の中国に関心を抱く人たちと共に、もっと民衆の立場に立ってほしいという、
多くの人々の要求を表現したが故に、命を失った人々に敬意を表する。
天安門の運動に参加した学生たちは反共産党主義者でも反社会主義者でもなかった。
彼らは中国憲法で保障された人民の権利について、民主主義について、
腐敗について語ったのだが、これらはすべて中国共産党政府の理念に合致するものばかりだ。
その時の党書記長趙紫陽氏によっても表明されたものだった。
だから、来る中華人民共和国建国60周年は1989年6月4日の出来事を
再評価する絶好の機会になるはずだ。
中華人民共和国では1989年以来大きな変化が起こった。
今や世界的経済大国となり、いずれは世界の超大国にならんとしている。
私は中国の指導者たちがもっと真の平等主義に基付く、
様々な意見を寛容に受け入れる心の広い政策を実行する勇気と
長期的視野を持って頂きたいと希望する。
開放的、現実的政策が国内的信頼と調和への道であり、
国際的にも真に偉大な国家となることができる道であるのだ。
ダライ・ラマ
相変わらず中国政府は自国民にこの真実を隠そうとしています。
中国が民主化することを願ってやみません。
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明日は新潟で初のチベットのイベントがあるそうです。
僕は行けませんが、新潟や近隣の人に是非足を運んで頂きたいです。
■ドキュメンタリー上映&現地報告会「素顔のチベット」■
チベットの「いま」をチベット人自身が伝えるドキュメンタリー
『Jigdrel(ジグデル)』(LEAVING FEAR BEHIND:恐怖を
乗り越えて)、『Undercover in Tibet(チベット潜入取材)』 を新潟初上映。
また、チベット難民学校(TCV:チベット子ども村)の診療所で
校医を務めた新潟市在住の柿原敏夫さんを迎え、
現地報告をうかがうと同時に、チベットの子どもたちに「希望」
を持ってもらおうと、いま新潟とチベットを繋いで進んでいる
支援プロジェクトについてもお話いただきます。
日時:2009年6月6日(土)午後3時半〜7時
会場:クロスパルにいがた 映像ホール
http://www.city.niigata.jp/info/crosspal/akusesu.html
(新潟市中央区礎町通3ノ町2086)
内容:
・『Jigdrel―LEAVING FEAR BEHIND:恐怖を乗り越えて』上映(25分)
・現地報告「TCV(チベット子供村)の子どもたち」:柿原敏夫さん
・『Undercover in Tibet(チベット潜入取材)』上映(45分)
参加費:資料代500円
主催:「素顔のチベット」実行委員会
協力:SFTJapan
参加自由(予約不要)
問い合わせ:メール masalapotato@gmail.com


RED CLIFF 1の日記
http://nakayamatetsuya.blog46.fc2.com/blog-entry-152.html
『RED CLIFF 2』を見てきました。
この映画に約2000人以上の人民解放軍が出演していることは知っています。
相変わらずこの映画を見ている時、ずっと中国とチベットのことを考えていました。
1800年前と今では、もちろん考え方や価値観は違うのだけど。
それにしても、金城武は格好良いなぁ(笑)
諸葛孔明の頭脳が欲しいです。
それどころか最近は人の名前が覚えられません(苦笑)
テンジン、ツェリン、ドルマなどパターンが少ないチベタンですらです。。(笑)
チベット本土もそうだけど、成都も行きたいなぁ。
レッドクリフ Part II -未来への最終決戦- 公式サイト
http://redcliff.jp/index.html

先週は『宗派を超えてチベットの平和を祈念する僧侶の会』が行われた護国寺へ。
この会はタイトル通り、日本のお坊さんが宗派を超えて
チベットの平和を祈り、学び、考え、行動するというもの。
ダライ・ラマ法王特使のケルサン・ギャルツェン氏のお話は
取り立てて真新しいものではなかったけれど、
ダライ・ラマ法王が中国政府と直接交渉したといっても、それは今から50年以上前の1950年代だし、
最近、中国政府と直接交渉した人の話は、ダライ・ラマ法王以外では初めてだったので、非常に興味深かった。
『ニュースチベット文化圏』さんが全文を記録してくれました。
以下、転載です。
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ケルサン・ギャルツェン氏は、「文化大革命以来、”チベットの空には2つの太陽はいらない”
つまり共産主義と仏教のうちどちらかが消えるべきだ”という中国の考え方のもと、
100万人以上が殺され、6000以上の僧院が破壊された。
チベット人はその価値観、文化、宗教をも弾圧されてきている」と述べ、
また、「深い文化と民主主義、法治国家、道義を重んじている日本に、
チベット問題の平和的な解決に、重要で建設的な役割を果たしてほしい」と訴えた。
「チベットの指導者、インドの亡命政府で世界にこの問題の解決を訴えている、
ダライ・ラマ法王は、”相互依存する今日の世界において、力や武力での問題解決は何を生まない。
問題解決の道は、非暴力であり対話である”、という仏教精神による中道の道を選んだ。
双方に合意のできる対話による平和的解決の道です」と特使は語った。
これまで、チベット亡命政府と中国政府の対話は、公式の8回、非公式1回が行われてきた。
「2008年8月の対話では、中国政府は”チベット側が言う真の自治とは
一体何なのか細かく定義せよ”という要請をした。
そこで2008年11月の対話(最後の対話)では、真の自治とは何かを明記した草案
(タイトル「チベット民族が名実ともに自治を享受するための草案」)で
私たちが言う自治に関して細かく示したが、中国側は完全に拒否した」と特使は明かした。
また担当の上級副部長は、「この草案は中身のみならず
タイトルすらも受け入れることはできない。真の自治とは認めようがない。
だいたい我々は言っているではな いか。ダライ・ラマにはチベットについて語ったり、
あるいはチベット人の代表として語ったりする権利はない。
何といえば君たちは分かるのか」と言った。
さらに、草案を提出するように求めた担当者の言い分は、
「あなた方がどのぐらい中国政府の方針、考えを理解しているか試すためだった。
しかしあなたたちは無惨にもその試験に落ちたのだ」というものだったなど、
ケルサン・ギャルツェン氏は当時の対話のやり取りを明かした。
このような状況の中、「北京政府が明らかに対話の意向を明 らかにするまでは、
これ以上対話は難しいと思う」と述べ、今後は一般の中国の人々との相互理解を
いかに深めるかを考えていると述べた。
具体的には、「中国とチベットの学者や専門家が、特定のテーマを決め会合を持つ、会議を開く。
若い中国人とチベット人の会議やキャンプを行う。中国人とチベット人の仏教徒の交流フォーラムを行う。
チベットの視点を知ってもらうため歴史文化宗教やチベットの状況についての書籍を中国語で出版。
中国語のWebサイトを開くなど」。
また若いチベット人には、「もっとマンダリン(北京語)、中国文化、
最近の中国の歴史について学び、若い中国人と接触し相互理解を深めるように」
と呼びかけているという。
最後に、特使は、「我々が国際社会にお願いしているのは、
中国の指導部がこのチベット政策に関して、より真剣に、正直な姿勢で臨むように、
そして双方に合意できるような解決策が導き
出されるような政治的な環境をつくってほしい」と国際社会に協力を求めた。
また、「ダライ・ラマ法王が提案している中道のアプローチは、
中国政府、中国人にとっても、チベットの人々、チベット政府にとっても大きな利益につながる」と
述べ、非暴力で自由を求めるチベット人の道に対して、
日本人に理解と支援を期待を持って強く求めた。
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ケルサン・ギャルツェン特使の講演内容全文
宗派を超えてチベットの平和を祈念する僧侶の会の皆様方、お集まりいただいた皆様方、
このようにお話できる機会を与えていただいてありがとうございます。
日本の兄弟姉妹の方々にチベットの実情についてお話できることは、
大変重要なことだと思います。
今チベットは国際の支援を必要としており、アジアにおいて大国であり、
また世界でも非常に重要な役割を果たす日本の支援は、重要だと考えています。
日本は美しい島国というだけでなく、深い文化と民主主義、法治国家である国だと考えます。
また、道義を重んじている国だと認識しています。僧侶の方々のお話を聞き、
長い仏教の歴史をもつ国であると認識しました。
日本はチベットの平和的な解決に、重要で建設的な役割を果たすと思います。
この機会を得ましたことを感謝しますと共に、僧侶の会の皆様に感謝し、
皆様の支援に感謝いたします。
チベットの悲劇というのは、60年前に始まった。
中国の人民解放軍が「平和的なチベットの解放」を名目にチベットに侵攻しました。
それ以降チベットは長い歴史の中でも闇の時代を迎えることになりました。
この60年間に、直接的なチベット人の被害者は100万人で、6000を超える僧院が破壊されました。
実際これらの崩壊された僧院は、単にチベット人のためのお寺というだけはなく、
一般のチベット人にとって学習、学びの場でした。
文化大革命以来、「チベットの空には2つの太陽はいらない」というのが中国の言い分でした。
つまり共産主義と仏教の二つはいらない。どちらかが消えるべきだというのが彼らの言い分でした。
チベット人は強制的にて公衆トイレをつくらされました。
「オーム・マニ・ペメ・フン」というマントラが書かれている我々にとっては大切なマニ石使ってです。
またチベット人に、道路に仏教の経典を埋めてその上を歩けと言われたこともありました。
この60年間に何が起こったか。チベット人に対する単なる弾圧だけではなく、
価値観、文化、宗教をも弾圧されました。
このような背景のもと、チベットの指導者であり、尊敬されているダライ・ラマ法王は、
今のチベットの現状をどうするか、つまり苦しむチベット人に対して、
チベットの国をどう守っていくか、すべてにおいて責任を負うことになりました。
法王の基本的な考えは、世の中は相互依存によって成り立っている。
つまり私たちイコール彼らである。今日の社会は、国境は過去ほど意味をもたなくなっている。
重きを置かなくなっている。大陸と大陸、国と国も依存しあっているではないか。
こういう時代に力や武力を使い、問題を解決するのは、何を生みはしない。
他を破壊するだけではなく、自我の崩壊である。ダライ・ラマ法王の信条というのは、
こういった人間の問題を解決する道は、非暴力であり、対話であるとおっしゃっています。
その観点からダライ・ラマ法王は、この問題解決に関しては中道の道を選ばれました。
この中道によるアプローチは、つまりチベットの問題をより平和的に解決し、
双方に合意のできる対話による道です。そういった意味では、私どもが主張しているのは、
中国から求めているのは分離独立ではない、
私たちが求めているのは中国政府がチベット人に真の自治を与えてくれるということです。
それはチベット人が持つ文化や宗教や祖国の土地を守ることであり、
言語を維持することにもつながります。
2002年、チベット亡命政府は中国側との直接対話を再開。
亡命政府側の特使の二名のうち一名に私が選ばれました。
年以降、8回の公式の対話と1回の非公式の対話を行った。
これらの会談に於いて、我々はあらゆる努力を行いダライ・ラマ法王の意図を伝えようとしました。
つまり、チベットのより平和的な解決へと、
法王の意図を我々はマントラを繰り返すように唱えてきた。
そして私どもは、両者が一歩踏み出し、イニシアチブを持つことによって、
お互い自信をもてる環境を作り、それにより対話を進めようと申し出てきました。
私たちは一方的な申し出や信頼、自信を得ることを求めたのではない。
亡命政府の代表は、世界各地のチベット人社会について、また各地の支援団体に対して、
決して中国代表部や大使館に対してデモを行わないようにと要請したのです。
ダライ・ラマ法王は台湾への訪問を延期したことを後悔されている。
中国との微妙な関係を考慮してのことでした。そして我々の努力や提案に対し、
中国政府からはイニシアチブや信頼を築く努力は一切なされなかった。
我々は信頼を築くためにダライ・ラマ法王の写真を所持できるようにしてほしい。
それができるなら各地のチベット人たちの大きな心の支えになるだろうと申し上げた。
2008年チベット高原で大きなデモが行われました。
その際我々は、北京に於いて、第七回目の対話を持った。
我々は、ダライ・ラマ法王、チベット側の代表と中国政府との間で、
共同声明をだしたらどうかという提案をしました。
それはとても短いシンプルなもので、「ダライ・ラマ法王と中国政府は共に相互に
納得のいく解決策に向けて、これからも対話を持つということを決めた」というものです。
しかし受け入れてもらうことはできませんでした。このような共同声明を出すことができれば、
チベット内のチベット人たちの気持ちを静め、正常化でき、
中国のチベットに対する抑圧への国際社会の懸念を抑えることができる。
それにより、国際社会は、チベット問題は対話によるより融和的な解決を
みるのではないか、という希望を持っていました。
そこで我々は中国に、ダライ・ラマ法王が中国の仏教聖地を巡礼することを許してほしい。
つまり今法王がチベットを訪問することは具合が悪いだろう。
でも中国の聖地を法王が巡礼するというのであれば、問題ないのではないか。
それができれば、中国の指導部と会うことができる。
そうすることで今の状況を次の段階に進めることができるのではと考えました。
簡単に今までの中国との対話を振り返ってみると、チベット側が中国政府に対して提案をし、
また率先して今の対話を進める努力をしてきた。
今の状況を少しでも次の対話につなげる努力をしてきたが、
中国側からはそれに対して一切何の積極的な提案もなく、
次回の約束もなく対話は流れてきました。
我々の提案、申し入れはひとつも受け入れられることがなく終わりました。
(2008年)11月の対話では、チベット側は細かい内容を提案書としてまとめ中国に提出しました。
それはその前の8月の対話で「チベット側が言う真の自治とは一体何なのか細かく定義せよ」と
言われたからです。そこで我々が考える真の自治とは何か
「チベット民族が名実ともに自治を享受するための草案」というタイトルのもとに
細かく私たちが自治といているものは何かと書いたものを提出しました。
しかし、中国側は完全に拒否したのです。
担当の上級副部長は、「この草案は中身のみならずタイトルすらも受け入れることはできない。
真の自治とは認めようがない。だいたい我々は言っているではないか。
ダライ・ラマにはチベットについて語ったり、あるいはチベット人の代表として
語ったりする権利はない。何といえば君たちは分かるのか」と言った。
我々は「ではなぜ草案を我々に出せとおっしゃったのか」と、上級副部長に聞いた。
彼は「あなた方がどのぐらい中国政府の方針、考えを理解しているか試すためだった。
しかしあなたたちは無惨にもその試験に落ちたのだ」と言った。
このような背景をもとに言えば、現在のチベットの状況は公に宣言はされていないが、
戒厳令下にあるようなものです。つまりチベット内においてのチベット人の状況は
第二の軍事進攻を受けているようなものであり、強い抑圧下におかれている。
文化大革命以来の抑圧のもとにあるということです。
このような背景を見ながら、我々はダライ・ラマ法王とともに
中道のアプローチを行くことを決めました。
チベット亡命政府の置かれている現在の立場は、
北京政府が真剣にこのチベットの問題を取り上げてくれるなら、
いつでもこの問題を対話する準備はできているということです。
北京政府が明らかに対話の意向を明らかにするまでは、これ以上対話は難しいと思っています。
チベットの中のチベット人は非常に悲しい状況、抑圧のもとに、厳しい怒りの中におかれています。
ダライ・ラマ法王は中国に対して様々な努力を行ってきました。
しかしチベット人だけが声を上げても、中国政府はチベットに対する政策を変えるとは思えません。
我々はさらに努力を強めて、一般の中国の人々に働きかけをしようと今は思っています。
常に一般の中国人とチベット人がどうすれば接触ができるだろうか、
理解が深まるだろうかと考えています。
中国の学者や専門家、チベットの学者や専門家が、
ある特定のテーマを決めて会合を持つ、会議を開く。
若い中国人とチベット人の会議やキャンプを行う。
中国人とチベット人の仏教徒の交流フォーラムを行う。
他にもチベットの視点を知ってもらうため歴史文化宗教や
チベットの状況についての書籍を中国語で出版。中国語のWebサイトを開くなど。
そうすることで一般の中国の人たちがチベットの情報を入手できるだけでなく、
チベット人がどういうものの見方をしているのか、
そういう視野を理解していただけるのではないか。
こういう努力をとおしてチベット人と中国人の間の理解を深める努力をしていきたいと思います。
そうすることでより多くの中国の兄弟姉妹に近づいていくことができるのではないかと思います。
同時に、若いチベット人には、もっとマンダリン(北京語)を勉強するように、
中国文化を勉強するように、最近の中国の歴史について学ぶようにと語りかけています。
そうすることで若いチベット人が、若い中国人と接触することが増え、相互理解が増えると思います。
最後に、既に今までの流れの中で、チベットが私たちだけの声をあげても
中国指導部に影響力がないことが分かりました。
だからこそ今の私たちの選択肢は、国際社会に訴えることだと思います。
我々が国際社会にお願いしているのは、中国に対する孤立化でも、
ボイコットでも対立でもありません。政治的環境を作ってほしいということで。
つまり、中国の指導部がこのチベット政策に関して、より真剣に、
正直な姿勢で臨むように、そして双方に合意できるような解決策が導き出されるような
政治的な環境をつくってほしい、というように皆様にご協力をお願いしています。
そしてダライ・ラマ法王が提案している中道のアプローチは、
中国政府にとっても共にお互いの利益につながるもの、十分に説明がつくものと思っています。
お互い平和的な解決は、中国政府、中国人にとっても、チベットの人々、
チベット政府にとっても大きな利益につながると思います。
最後に、日本の兄弟姉妹の皆様の温かい支援、非暴力で自由を求める道に
対しての皆様の理解と支援に対し、心より感謝申しあげます。
それはチベットを助けるだけでなく、中国にとっても大きなメリットにつながると考えています。
ありがとうございました。
ケルサン・ギャルツェン氏(ダライ・ラマ法王特使)
1951年チベット・カム地方に生まれる。83年以降チベット亡命政府の任務に就く。
スイスのチベット事務所代表、駐欧州連合特使などを歴 任。
現在、ダライ・ラマ法王により任命された2名のチベット代表団特使のひとりとして
中国政府との交渉にあたり、2002年以降、中国指導部との8回の公 式協議と
1回の非公式協議に臨むとともにチベット交渉対策本部のメンバーも務める。
ダライ・ラマ法王の特使という立場から、チベットに関する講演やインタ ビューにも
精力的に取り組み、チベットの人々の悲劇に光をあてるべく尽力している。
『ニュースチベット文化圏』
http://blog.livedoor.jp/info_tibet/archives/51312832.html
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逆に中国政府は自分たちの過ちにいつになったら気が付くのだろう。。
そして、前からずっと思っていたことですが、僕個人の考えとしては
チベットは高度な自治ではなく独立を目指すべきです。
ダライ・ラマ法王はずっと独立ではなく、高度な自治を中国政府に対して要求しています。
いくらダライ・ラマ法王を尊敬しているとはいっても、僕はその考え全てが同じではありません。
かつては独立した国家だったのだから、誰もが本音としては独立というのは当然です。
しかし、現状からいって、独立どころではありません。
チベタンが『独立』と公に言ってしまうと、『国家分裂を目論んでいる』と
中国政府の思うつぼになってしまいます。
それより、まず最優先は『何も悪いことをしていない人たち』の死刑執行、拘束、拷問、虐殺の停止です。
個人的には独立とは思っていますが、基本的には高度な自治か独立かというのは、
チベット人自身で決めるべきことであると思っています。
将来的に段階的になされるものなのか、独立して一気に達成するものなのかは誰にも分からない。
確固たる決意で、命懸けでやっているチベタンもいますが、
厳しい言い方をすれば『甘く』ゆるすぎるチベタンもいます。
でも、このゆるさこそが国を奪われ、今もそれが続いている原因でもあるし、
彼らが世界中の人たちから愛されているとも思うのです。矛盾といえば、矛盾しています。
だけど、親しい友人のチベタンに『甘いよ』と言うことは出来ないし、言う気にもならないのです。

先日は広尾のJICA(国際協力機構)へドキュメンタリーフィルム
『未来を写した子供たち』を見に行った。
インド・コルカタの売春街で暮らす子供たち。
彼らは学校へも行けず、女の子は売春婦に、男の子は女たちの世話をする運命だ。
写真家ザナ・ブリスキが、彼らに写真教室を開き、インスタントカメラを与えた。
彼らはカメラを手に自分たち、日常、街の様子などを切り取ってゆく。
インドではカースト制度が未だ根強く残っていて、生まれつき手足がない人、
親に切り落とされた人、自分で切り落とした人たちが物乞いをしている。
売春婦はカースト制度でも上の方に位置する身分であって、比較的裕福だが、
そこから抜け出すことは出来ないということだった。
世界には貧困であえでいる人たちは非常に多いけど、
生まれながらにして親の身分を引き継ぐというヒンドゥー教のカースト制度では、
お金さえあれば解決出来るという問題ではないことが自分の理解を超えている。
(その他の貧困問題などもお金があれば解決出来るというものではないが)
写真撮影は時間と空間を切り取るという『過去』あるいは『今』を閉じ込めておく作業だ。
しかし、彼らは写真を撮るということによって、
それぞれの思い描く別の『未来』を切り開くことを手に入れた。
そして、ただでさえ衝撃を受けたことなのに、先々月訪れたデリーのマジュヌカティラや
ダラムサラでは、受け入れてもらった難民であるはずのチベット人が
この国の人であるインド人にバクシーシしていて、衝撃に拍車をかけた。
正直言って、今でもどうしたら良いのか分からない。
今やっているチベットの支援も自己満足はしたくはない。
でも、フィルムの中でザナ・ブリスキが語っていたように、
『何もしないよりマシ』と思うほかないのだ。
久しぶりにチベットではないものも吸収しようと思って行ってきた。
見終わった後、またも新宿、天空の街へ。
しかし、今度はティハールじゃない。
だが、話すことは大半がチベットにかかわること。
さらには、偶然チベタンの若者たちと会った。
結局、チベットなんだよなぁ。。(笑)
未来を写した子供たち
http://www.mirai-kodomo.net/

月曜日の夜、長野から帰ってきました。
疲れたとか、本当はあまり言いたくないけどハードだった。
行く前からなんだか仕事に行く気分だったけど、予想を上回る激務だった。
特に日曜日は29度と非常に暑かった!
金曜日の夜、長野へ到着。
長野駅に着いた瞬間、幼稚園児から小・中学生の頃に、
近くに住んだり、何度も遊びに来ていた第2の故郷ともいえる長野の街が、
一年前に中国の旗で真っ赤に染まった嫌な記憶が鮮明に蘇った。
でも、そんなことがなかったかの様に静かに僕らを迎えてくれた。
すでに2日間終わっていて、西方寺の周りにはタルチョがたくさんはためいていた。
朝6時、善光寺の御開帳を見に行くが、すでに多くの人が並んでいて
この時点ですら2時間待ちということであえなく断念しました。
善の綱によって本堂にある前立本尊、中尊阿弥陀如来と結ばれている回向柱にも
両手が触れている人たちがたくさんいた。
まるでチベタンがお寺に行って、マニ車を回すみたいに熱心に祈っている。
日本人って、こんなに信心深かったっけ?と思ってしまった。
でも、御開帳という『イベント』がなければ来ないのと、
毎日場所を選ばず祈っているというのは、やっぱりチベタンとは違うんだよなぁ。
最終日の月曜の朝、やっと行くことが出来ました。
開催は5日間だったけど、僕がいた3日間非常に多くの人に来て頂きました。
チャムもまた少しだけ見れたし、なんといっても夜、本堂で2つの灯りだけ煌々と輝く中、
砂曼荼羅を作る様子を数人でひっそり見せてもらって、
その光景がなんだか荘厳だったし、不思議だったのを覚えています。
いろんな人と話して、『チベットへ行ってみたい』とか『ダラムサラって、どんなところですか?』と
興味深く聞いてきてくれて嬉しかった。
って、未だ僕もチベット行ったことないけど。。(笑)
いろんな問題があって、やっぱり難しいなぁと感じたものもあったけど、
今回の物販の売上はタシルンポ寺の新しいお堂の建設費用になりますし、
それ以上にこういったイベントを通じて、チベットのことのネガティブな現状ももちろんそうだけど、
素晴らしい文化を知ってもらえたのではないかと思っています。
お坊さんも新宿に続いて長野。この後、今日から18日(月)まで札幌、
21日(木)から26日(月)まで愛媛と非常にハードスケジュールなので、ちょっと心配だ。
特に長野は4都市の中で一番の濃密、過密でイベントが満載だった。
でも、日曜日は長野の日程はこれでほぼ終わったということで、チベットのお坊さんたちと温泉へ。
お寺の境内でバスタオルが支給され、お坊さんたちはノリノリ。
温泉の入り口で温泉の入り方講座が始まり、皆で大爆笑。
最重要事項は『湯船の中にタオルを入れてはいけない』(笑)
そして、説明しているのにも関わらず、一人のお坊さんが中に入ってフライングした上に、
靴のロッカーのところで着替えようとしていました。
さらには、皆女湯の入り口に入ろうとして、ここでも皆で大爆笑。
皆でお風呂に入るという習慣がほとんどないので、
袈裟を脱ぐのを恥ずかしがるお坊さんもチラホラ。
でも、案外すんなり入っていました。『ヒャッホー!』とはしゃいでいた人もいたけど(笑)
スタッフの中にはチベット語が話せる人たちもいたし、チベットなどに何度も訪れた人たちに囲まれ、
物販係をやったり、瞑想や法話の案内をしたりした中で、
自分のチベットの歴史、現状、文化、チベット仏教を含めた仏教の知識、経験の無さを痛感しました。
すでに何度も言っていますが仏教は信仰しているわけではないけど、
チベットと仏教は切り離すことが出来ない。
これがなければサポート出来ないわけじゃないけど、深く関わるにつれ、
そして、人に伝えるということを考えたら、どうしても避けられない。
もっと勉強しなくてはと思っています。
チベット大好きの会』『チベットの風』の皆さんの中にまじって、非常に楽しい時間を過ごすことが出来た。
ダラムサラで会った友人のクンサンの友人で長野に住んでるアキコ
(って、僕の友人でもあるが)にも久しぶりに会えたし。
インド、バイラクッペとチベット本土のタシルンポ寺にもいつか行ってみたいなぁ。


昨日、新宿・常圓寺で5日間行われていたチベット・スピリチュアル・フェスティバルも
最終日ということでまたも行ってきました。
砂曼荼羅の完成度合が気になって仕方なかったのだ!
朝から行こうと思っていたけど、前日は早朝から日付が変わるくらいまで
仕事していたので、朝から行くのはちょっとムリだった。
砂曼荼羅の詳しい解説はこちら!
http://www.tibethouse.jp/event/2009/festival09/index.html#detail
昼過ぎに到着すると一昨日見た時はまだまだ出来ていなかったのが、ほぼ完成に近づいていた。
しかし、鮮やかな色とりどりの砂で何日も掛けて作ったものをなんと壊してしまうのです。
形あるものは全て変化する、という仏教の無常を表しています。
破壇(壊すこと)は一瞬だった。というより人が居過ぎてほとんど見えなかった。。
そして、墨田川へ流すというので破壇した砂を頂いてから、電車で築地へ。
しかし、川へ向かう途中、もう流してしまったという知らせが。。
定刻をいつも遅れるチベットタイムが発生しなかった!しかも、早くやるなんて!!
新宿に戻る電車の中で、平家物語の冒頭部分が頭の中をよぎっていました(笑)
チベットハウス専属カメラマン?のまる鼓に破壇と墨田川に流す様子の写真を見せてもらった。
まぁ、雨が降って寒かったし、お坊さんたち疲れていただろうし仕方ないだろうな。
これがチベタンなのだと、そう思うしかありません。
平家物語の冒頭部分
祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす
おごれる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし
たけき者もつひには滅びぬ ひとへに風の前の塵に同じ
冷たい雨が降り続き、かなり寒かったので、
チャガルモ(甘いお茶)で体を温めながら、キャンドルライティングが始まるのを待った。
光はとても美しかった。そして暖かかった(寒いから)
チャムも見れたし良かったなぁ。スタッフのフミちゃんお疲れ様でした。
そして、また天空の街ティハールへ。この1週間で3回目(笑)
チベット・ネパール料理ということもそうだけど、名前がなんとなくドラクエっぽくて好きだ。
相変わらずチベットのことなんかを話したりするけど、
話が何故かカマドウマ(ベンジョコウロギ)やハイブリッドイグアナの話に。。(笑)
そして、明日から長野・西方寺でも5日間『大チベット祭』が始まります。入場は無料!
今度は僕がスタッフとして明後日から長野へ行きます。
お隣の善光寺では、7年に一度の御開帳もあります。
長野や全国の皆さん、この機会をお見逃しなく!!
大チベット祭
http://www.saihouji-nagano.com/tibet-festa/
西方寺
http://saihouji-nagano.com/


昨日は早朝に両親を見送ってから、映画『風の馬』を見る予定だった。
上映は昼からということで、時間があったので自宅で
『モーターサイクルダイアリーズ』を見直していた。
しかし、うとうとし始めてしまって気が付いたら、ゲバラとアルベルトが
南米大陸の縦断を終えていて、もう一度旅立っていました(笑)
完全に遅刻。渋谷のアップリンクに着くと上映は終わっていて、
早稲田大学の石濱教授のトークがとっくに始まっていた。
諦めて明日見ることにした。そして、夜は新宿の天空の街ティハールへ。
チベット・ネパール・インド料理を堪能した後は、新宿駅前でキャンドルを灯しながら、
興味を持ってくれた人だけに黄色い冊子の『チベット本土からインドへ亡命した子供たちの絵』を配布。
アースディの日に代々木公園でやったように何人かが反応してくれた。
こうやって地道に草の根活動をやることも、現地に行って直接支援することもどっちも大事だと思っています。
『風の馬』とは風に乗って空を駆けて仏の教えを広め、願いを天に届けてくれると信じられているものです。
『風の馬』は映画なんだけど、限りなくドキュメンタリーに近い。
このようなことはチベットでは今も昔もたくさんあると思います。
お婆ちゃんが良い味出してたなぁ(笑)
そして、94年から2年間、中国、チベット、ネパール、インドなどを放浪した
絵描きの下田昌克さんとライターの謝孝浩さんのトーク。
昨年ダラムサラで行われたチベタンオリンピックの話が面白かったなぁ。
ヒマラヤの民であるチベタンは泳げないから、スタート直後に溺れる人多数とか、面白い話が盛り沢山。
昨年発売されたチベタンオリンピックの特集が組まれている雑誌『Coyote』を読み直したけど、
坂と階段だらけのダラムサラで、マラソン10Kmとかハードすぎるなと改めて思いました。
先々月、何人かのチベタンに『去年チベタンオリンピックあったの?』と聞くと
『ううん、知らない』との返事。このゆるさがいかにもチベタンです(笑)
そして、チベット・スピリチュアル・フェスティバル2009が行われている新宿・常圓寺へ。
南インドのタシルンポ僧院からお坊さんが9人来日しています。
砂曼荼羅を初めて見たけど綺麗だった。
進捗が遅れていて、昨日は残業を15分したそう。15分って。。(笑)
こういうところが好きなのでチベットにはまってしまうのです。
そして、終わった後はまた天空の街ティハールへ。
昨日、新宿でキャンドルをしている時に、パキスタン人のカーンさんとお話したが、
『なんでチベットばかり。パキスタンの支援はしてくれない』と言っていた。
その通りだと思う。チベットだけじゃなくて、世界中にはたくさん問題がある。
でも、それは自分にとってシンプルだ。
チベット本土には未だ行ったことがないけど、あの小さなダラムサラの街が好きだ。
リクチョーのように良くも悪くも日本人らしい人もいる。
クンサンのように今の日本人がなくしてしまっている力強さを持った人もいる。
日本人と違ってチベット仏教が根底に根ざしていながらも、付き合っていてとても心地良い。
そして、ダライ・ラマ法王が好きだし、尊敬している。
チベットが好きだからやっている。
チベットの為とも思うけど、自分にとってもプラスになる部分が多い。
極めてシンプル。この答えはきっとずっと変わらない。
『風の馬』公式サイト
http://www.uplink.co.jp/windhorse/top.php
